なぜ一介の会社員だった私が起業し、何とか4年目を迎えられたのか

先月1日、設立した会社が3周年を迎えました。
ほら、よくいうじゃないですか。
会社を作っても3年もたないところがほとんどって。
自分の中でも3年やっていけるかどうかと言うのは、一つの目安でした。

今、無事にその節目を迎えて、どうしていたって平凡な一介のワーキングマザーであった私が起業したのか。
そして、細かい失敗はあれど、その時設立した会社が今も継続できているのかについて考えてみました。
今後はわかりませんけどね。

目次

突然降りて来た「起業」という選択肢

いつか起業したいな、という漠然とした思いが生まれたのは2011年。
東日本大震災がきっかけでした。

それまでは、ただの一度も「起業しよう」などと考えたことはありません。
父が会社を興した人でしたが、そのことがかえって私を起業から遠ざけていました。
バブル崩壊時の苦労も、あまり詳しくはわからないにしても肌で感じていました。
大企業に入って安定して働くこと。そのためには4大を出ること。
そんな誰かの敷いたレールの上を歩くことを、心に決めていました。

震災を目の当たりにして、いつ何が起こるかわからない不確実な世の中を実感しました。
明日、何かが起こるかもしれないのに、私は会いたい人に会いに行くにも、会社にお休みを申請しないといけないんだ。
当たり前に思っていたことが、急に息苦しくなりました。

私は私に与えられた生を思い切り味わいたい。
今まで幸せに生きてこられたことに感謝をし、この世界に対して何らかの役割を持って貢献したい。
そんな思いでいっぱいになったことを覚えています。

生き生きとした女性

そのためには、主体的に生きなければダメ。
主体的に自分の頭で考えて、自分の人生は自分でコントロールして生きる。
どこに住むかも、働くかも、誰と交流するかも、何時に何をするかも、すべて。
起業は、そのための手段になり得ると気がつきました。
ここで大切なのは、起業は目的ではないということです。

それまで縁遠かった起業。
私のような特別な資格もスキルも持たない、単なるワーママが一体どうやったらできるのか、いくら考えてもさっぱりわかりませんでした。
うっすら考え始めたものの、あまりにも茫洋としていてどうしようもありませんでした。

その時の自分にできることを、思い切りやりきる

とにかく目の前のことを頑張ることにしました。
それしかできなかったから。

勤めていた会社で、組織の一員としてはちっぽけな私でしたが、ワーママだからできる生産性向上の取り組みを横展開してみたり。
グループ会社がたくさんあったので、横のつながりを作って勉強会をしてみたり。
たまたま知ったギャラップ社の強み診断であるストレングスファインダーを、部署全員で受けられるよう働きかけて、実現させたり。
消費者の小さな声も拾えるような仕組みづくりに取り組んで、グループ企業にも導入してもらったり。
まぁとにかく与えられた仕事に満足せず、作り出していこうとやってみました。

しかし、そこには面倒な社内政治があったりだとか、上司が変わったことで自由に動けなくなったりだとか、自分ではコントロールのしようもない出来事で無駄に時間を消費することが色々と起きました。
最終的には、これに私の人生をかける必要はないな、と思うに至りました。

見つけたビジネスのタネ、お客様がいれば仕事は成り立つ!

仕事はその後もそれなりにやりつつ、今度は面白くて仕方なかったボランティア活動に勤しんでみました。
ボランティアとはいえ、年間数千万の金額を動かす団体でいろんなチャレンジをしました。
あっという間に数年が過ぎ、気が付いた時にはそこで得たスキルで、人から対価を払うからやって欲しいと望まれる状態になっていました。

そこでハタと思い出しました。
あ、起業考えてたな、私。
これ、ビジネスになるんじゃないかな。

目の前には、お金払うよっていうクライアントが何人かいる。
あとは走りながら、もっとお客様がついてくれるように頑張っていけるんじゃないかな。
第一好きなことだから楽しいし!と。

なるべく低リスクで商売するなら、以下の4つのセオリーを押さえると良いと言われています。

    1 利益率の高い商売
    2 在庫を持たない商売
    3 定期的に一定額の収入が入ってくる商売
    4 資本ゼロあるいは小資本で始められる商売

起業の経験なんてもちろんないし、当時は周りにも起業家なんていませんでした。
ない頭で必死で上記4項目について考えます。
自分たちが考えている事業は、これに当てはまるか。当てはめられるか。
これを満たして、クライアントがいる状態で起業すれば、リスクはかなり押さえられる。
そう思って必死でした。

行動に勝るものはない

こうして思い返してみると、「やってみることによるリスク」は、頭と体を使うことであの手この手で低減したり避けることができるんです。
でも、「やらなかったことによる機会損失のリスク」って目に見えないから避けられないですよね。
あとでドーンとくる。

「やってみるリスク」を取った私は、本当に怖いことはリスクを取ることではなくて、リスクを取らないことだと知ったのです。

・何かすることによる失敗
・何かをしないことによる失敗

私は完全にやってみて失敗しますね。
そうして得た失敗は「経験」になります。
これは、何にも代えられないリアルなスキルにつながります。
やっぱり、行動に勝るものはないのです。

ちなみに私、ストレングスファインダーでは慎重さが最下位ですが、仕事やイベント運営やらではリスクは徹底的に洗い出して事前に潰します♪
ただ、単に自分が道を歩く場合は、すべての凸凹につまづきます。
なぜ。

一本道